なぜ学校では”現実”を教育しないのか考えてみた

なぜ学校では”現実”を教育しないのか考えてみた

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学校教育について考えてみると、現実的な話ってなかなかしてくれなかった気がします。

それが悪い?ってわけではない。

”現実”というものは親が教えるものなのかもしれないし、ある程度の知識は望めば教えてくれていました。

だから別に悪いわけではない。万人に向けた学校教育にそこまで期待するのがそもそもの間違いな気がするしね。

出産と子育てについて

なぜ学校教育について考えたのか?

キッカケは奥さんと子どもについて話したからです。

現状好き勝手やっている私ですが、そろそろ子どもがいてもいい年齢。最近、割と真剣に子作りについて話し合っています。

しかし、正直ところ私はあまり子どもが欲しくない。

子どもが嫌いなわけではないし、むしろかわいいと思える。ただ、『自分は子どもを育てる事ができるのか?』と考えた時、その問題はあまりにも現実離れしていて、私は恐怖すら抱いてしまうのです。

でも「子どもが欲しい」と考えている奥さんのことを考えると、いつかその恐怖心を捨て、自分の子どもと対面しなければと半ばあきらめのような覚悟は決めてはいます。

「子どもが子どもを育てる」

私自身が子育てをすると考えた時、真っ先に浮かんできたのがこの言葉です。

「子どもが子どもを育てる」と学校教育

さて、私の話は置いておいて、この言葉と学校教育について考えていきましょう。

高校を卒業してすぐに子どもができ、若くして親となる。割とよく聞く話だと思います。「若くして親になる」ことへの憧れ、子どもが出来た喜び、意図せずに子どもができてしまった不安や絶望、当事者たちは様々な感情を抱いていたことでしょう。

そしてほとんどの人は「若くして親になる」という状況に自分が置かれた時、抱いていた感情は絶望、怒り、悲しみといった感情へと変わったはずです。

周りの友人たちは就職や大学へ進学し、今まで通り休日は集まって遊んでいる。しかし、自分は子どもの面倒をみなければいけないし、自由に使えるお金も限られていて遊びには行けない。

休日は家族サービス、仕事の日も帰ったら子どもの面倒をみる。自分だけの時間なんてほとんどありません。

お金もない、自分だけの時間もない、自由もない。

「こんなはずじゃなかった…なんで自分だけ…」ほとんどの人がそう思うはずです。

今までは自分のために好きなように生きていたのに、急に誰かのために生きなければならなくなる。そんな事がついこの間まで学生をしていた子どもにできるのでしょうか?

「子どもが子どもを育てる」とはそういうことなのです。

「子どもが子どもを育てる」

このことが以下に愚かな行為なのか、大人になった今は十分理解することができます。

しかし、私達は学生時代にこのことがきちんと理解できていたでしょうか?

ほとんどの人は理解できていなかったと思います。正確には『なんとなく子どもはまだつくっちゃいけない』という感覚を持っていただけでしょう。

これはこのことを理解するための知識が不足していたから、”現実”を知らなかったからです。

親の年収や一般的なサラリーマンの年収を知っていたでしょうか?

働くこと、お金を稼ぐことがどれくらい大変なのか知っていたでしょうか?

他人と新たな生活を築く大変さを知っていたでしょうか?

赤ちゃんや幼稚園に通う子どもたちがどんな行動をとるのか知っていたでしょうか?

親としてどんな行動や教育をしなければいけないのか知っていたでしょうか?

この現実を知ることで、初めて「子どもが子どもを育てる」という行為が愚かだと理解することができるのです。

学校教育では子どもの作り方、性教育について学ぶ機会が用意されています。しかし、そのためには自分がどうならなければいけないのか、どういう状況で子どもが出来てしまうと大変なのかを教えてくれる場はありません。

とりえず作り方だけ教えて「あとは勝手にしろ、とりあえず大人になってからな!」なんて言われても、憧れや好奇心を抑えられないのが人間です。

私は性教育をするならば、その辺のこともしっかり教えてあげるべきだと思っています。

何がどうよくないのか、どうしてそれをしてはいけないのか、親も学校も、もうちょっと子どものことを考えていいんじゃないのかと私は思うのです。

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”現実”を教えてくれない学校と親

「子どもが子どもを育てる」ということについて考えていたとき、他にも色々なことを考えました。

そして思ったのは『学校と親は自分に”現実”というものを具体的に教えてくれなかった』ということです。

学生時代、音楽が大好きで勉強もせずにギターばっかり弾いていた私は、よく親や学校の先生に心配されていました。

そして、こんなことを言われました。

「音楽では食べていけない。もっと現実を見ろ。将来大変なことになるぞ」

まあ実際に食べてはいけてない、むしろ音楽からは離れているのですが、この言葉を散々言われました。音楽じゃないにしろ、同じような境遇で同じような言葉を言われた人も多いのではないでしょうか?

心配してくれていたのはわかります。でも、誰も具体的になにがどうダメなのか教えてくれる人はいませんでした。

「音楽では食べていけない、音楽は悪だ、ちゃんとした会社に就職しなさい、生活できなくなるぞ、将来困るぞ」こればっかりです。

なぜ誰も代替案を出そうとしなかったのでしょうか?アーティストがダメなんだったらPA、照明、ライブスタッフ、スタジオエンジニア、楽器リペア、ライブの企画・運営など、音楽に関わる仕事っていっぱいあると思うんです。

それすらもせず、「大学に行かないなら就職しなさい」ばっかりで、その地方で一番大きい工場に就職しろとか言われていました。

そうなんです。私の周りの大人はダメというだけで、具体的な話は全然してくれなかったのです。

自分がそうしてきたから、自分の知っている範囲のことしかわからないから、それだけで自分の子ども、教え子の将来を決めようとしていたのではないかと私は思っています。

結局誰の手助けも受けられなかった私は、学校にあった求人票を自分で調べて、適当な関東の会社決めて、上京しました。結果今は好きなように生きています。

学校教育や親の教育はとても重要です。特に子どもの将来を決める場面においては、最も力を発揮しなければいけないはずです。

その重要な場面で「あれはダメ、これはダメ」と頭ごなしに否定するのは間違いだと私は考えます。

子どもの願いをしっかり受け取ったうえで、いいと思ったなら「やってみなさい」と背中を押してあげる。

よくないことなら、なぜそれがダメなのか、どうしてそうなってしまうのか、代わりにどうしたらいいのか、しっかりアドバイスしてあげることがとても重要だと思うのです。

まとめ

私の『子どもはいらない』という考えは、子どもをしっかり教育できるのかという恐怖や不安から来ているものです。

自分に子どもができるということは、親として子どもの見本になるような大人にならなければいけないということだと思います。

子どもが間違いそうになったらそれを正してあげないといけない、誰かに迷惑をかけそうになったらそれを止めなければいけないし防がないといけない、もし間違いを起こしたなら怒らないといけない、必要があれば一緒に謝罪しなければいけない、子どもが迷っていたらそれを助けてあげられるだけの経験・知識・力がないといけません。

完璧である必要はないかもしれませんが、どうせなら頼れる親になりたいのが本音です。

自分の子どもがどんな夢をもったとしても、しっかりとした”現実”を教えてあげられて、それを実現するための途中で”現実の壁”にぶち当たったときに助けてあげられるように、もうちょっと私は頑張らないといけないなと思うのです。

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